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横浜地方裁判所 昭和60年(タ)154号 判決

原告(反訴被告)

甲野光

右訴訟代理人弁護士

長瀬幸雄

被告(反訴原告)

甲野みどり

右訴訟代理人弁護士

井元義久

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)とを離婚する。

二  反訴被告は反訴原告に対し、金一〇〇万円を支払え。

三  原告のその余の請求及び反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  本訴請求の趣旨

1  原告と被告とを離婚する。

2  被告は原告に対し、金二〇〇万円及び昭和六〇年七月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  右に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  反訴原告と反訴被告とを離婚する。

2  反訴被告は反訴原告に対し、金三〇〇万円を支払え。

3  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

四  右に対する答弁

1  反訴原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  原告は昭和五九年八月一三日、被告と結婚した。

2  原告と被告は右結婚に先立ち、昭和五九年六月二日、結婚式をあげ、同年六月七日から原告の現住所で同居生活をはじめた。

3  ところがその後、被告は原告の入室を拒否したりして原告に反発する態度をとるようになり、同年七月二〇日、理由もなく突然実家に帰り、同年八月一三日、婚姻届を出した後も、原告には性的欠陥があるなどと称して、帰宅することなく、現在まで別居生活が続いている。

4  右は悪意の遺棄に当るし、また婚姻を継続し難い重大な事由にも当る。

5  右悪意の遺棄もしくは被告の責に帰すべき婚姻破綻により、原告は多大の精神的苦痛を蒙つており、右苦痛を慰謝するための慰謝料の額としては金二〇〇万円が相当である。

6  よつて、原告は被告に対し、民法七七〇条一項二号、五号に基づき離婚を請求するとともに、右慰謝料金二〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  右に対する認否

その1、2は認める。その3のうち被告が昭和五九年七月二〇日、実家に帰り、その後、別居状態が続いていること及び同年八月一三日、婚姻届を出したことは認めるが、その余は否認する。反訴請求原因3で主張するような事情で被告は別居するようになつたものである。その4、5は争う。

三  反訴請求の原因

1  反訴原告は昭和五九年八月一三日、反訴被告と結婚した。

2  反訴原告と反訴被告は右結婚に先立ち、昭和五九年六月二日、結婚式をあげ、式後、北海道に新婚旅行に行き、同年同月七日から、反訴被告の現住所において同居生活をはじめた。

3  ところが反訴被告は結婚式後、新婚初夜を送つた羽田東急ホテルにおいても、また新婚旅行中も、更には昭和五九年六月七日、同居生活をはじめてから後も、反訴原告の身体に一切触れようとはせず、性交渉は皆無であつたが、その理由は何も告げられなかつたので、反訴原告は一人で思い悩み、肉体的・精神的にも疲れきつてしまい、同年七月二〇日、実家に帰つた。その後、反訴原告は反訴被告が泌尿器科の病院で手術を受けたことを知つたが、手術の内容についての説明もないので反訴被告と夫婦生活をつづける自信を失い、現在まで別居生活が続いている。

4  右事情は婚姻を継続し難い重大な事由に当る。

5  また右のような反訴被告の責に帰すべき婚姻破綻により、反訴原告は多大の精神的苦痛を蒙つており、右苦痛を慰謝するための慰謝料の額としては金三〇〇万円が相当である。

6  よつて、反訴原告は反訴被告に対し、民法七七〇条一項五号に基づき、離婚を請求するとともに、右慰謝料金三〇〇万円の支払を求める。

四  右に対する認否

その1、2は認める。その3のうち結婚式後、反訴被告と反訴原告間に性交渉が全くなかつたこと及び反訴原告が昭和五九年七月二〇日、実家に帰り、別居生活が続いていること、反訴被告が泌尿器科病院で手術を受けたことは認める。反訴被告は新婚旅行中及び同居生活をはじめてからも反訴原告の体調が思わしくないので、性交渉を自制していたものである。その4、5は争う。

同2は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本訴・反訴における離婚請求の当否

〈証拠〉によると、本訴、反訴における各請求原因1が認められるが、夫婦の双方がそれぞれ民法七七〇条一項五号に基づいて離婚を請求する場合は、双方の離婚意思は明白であり、婚姻は全く破綻しているとしかいいようがなく、このような場合は、夫婦の一方がいわゆる有責配偶者であるかいなかを問わず、各離婚の請求は理由があるものとして認容するのが相当である。従つて本訴、反訴における各離婚の請求はいずれも認容することができる(なお原告は本訴において悪意の遺棄をも離婚原因として主張するが、それが認められないことは後記のとおりである)。

二本訴における慰謝料請求の当否

請求原因1、2及び請求原因3のうち、原告と被告が昭和五九年七月二〇日以降別居していることは当事者間に争いがないが、原告本人尋問の結果中、右別居が悪意の遺棄に当たり、また婚姻破綻は被告に責任があるという原告の主張に副う部分は後記(本理由三記載)証拠に照らすと採用できず、ほかに右主張を認めるに足りる証拠はない。

従つて本訴における慰謝料請求は失当である。

三反訴における慰謝料請求の当否

請求原因1、2及び請求原因3のうち結婚式後、反訴原告と反訴被告間に性交渉は全くなかつたこと、反訴原告が昭和五九年七月二〇日、実家に帰り、その後別居生活が続いていること、反訴被告が泌尿器科病院で手術を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると

1  昭和五八年夏ごろ、反訴原告(昭和三〇年三月九日生)は反訴被告(昭和二七年二月二一日生)と見合いをし、同年暮、二人は婚約し、その際、反訴被告は反訴原告に対し結納金五〇万円を贈つた(但しそのうちの半額は結納がえしの慣習で、反訴被告にかえされた)。

2  昭和五九年六月二日、二人は結婚式をあげ、当夜は羽田東急ホテルのツインベッドの部屋に泊まつたが、反訴被告は反訴原告に背を向けて寝てしまい、性的接触は何もなかつた。

翌日から二人は四泊五日の日程で北海道に新婚旅行に出掛けたが、旅行中も反訴被告は反訴原告と性交渉を持つたり、これと接吻したり、これを抱擁したりすることはなく、またそのようなことをしない理由などについて説明したりもしなかつた。

新婚初夜以来、そのような態度をとる反訴被告に対し反訴原告は不安を感じたり、疑問を抱いたりして、新婚旅行の終わりごろには、神経性の胃炎にかかつてしまつた。

3  旅行から帰つてから、二人はかねて反訴被告が購入していた新居(反訴被告現住所)で同居生活をはじめ、反訴原告は胃炎のため病院に通院するようになつたが、同居生活後も反訴被告は反訴原告と性交渉をもつことはもちろんのこと、同衾したり抱擁したりすることは全くなく、そのため陰気な生活が続いた。

4  このような生活に堪り兼ねた反訴原告は同年七月一五日、実家の母に事情を打ち明けた。母と父はすぐ反訴被告に事情をたしかめたが、理由らしい理由は述べられなかつたので、反訴原告は反訴被告との夫婦生活に悲観してこれと別居することを決意し、同年同月二〇日、実家に帰つた。

5  当日、反訴被告は泌尿器科の病院で包茎の手術を受けた。

人を介してそれを知つた反訴原告は反訴被告が性交渉を持たなかつた理由を漠然とながら知つたので、正式に結婚すればやり直せるかも知れないと思い、反訴被告と打ち合わせて同年八月一三日、婚姻届出をなした。

6  しかし反訴被告は反訴原告に直接、手術の話をしたり、性交渉をもたなかつた理由を打ち明けたりはせず、また反訴原告の実家に挨拶にも行こうとしないので、反訴原告は婚姻届後も実家にとどまり、同年九月中旬ごろには、二人の間で離婚の話し合いがなされるようになつた。

7  反訴被告はクリスチャンで、神経質な性格の持ち主であり、結婚前、性交の経験はなかつたように思われる(反訴被告はその本人尋問において、結婚前、売春婦と性交をしたことがある、と述べるが、これまでに認定の事実及び弁論の全趣旨にてらすと、右尋問の結果部分は信用出来ない)。

しかし性的機能には、包茎であつたこと以外には、異常はなく、健康程度も普通であつた。

8  反訴原告は高校を卒業後、会社勤めをしており、その父及び反訴被告の父も普通のサラリーマンである。

反訴原告の健康程度も普通であり、結婚前に性的な経験は有しなかつたが、新婚初夜以来、反訴被告との性交渉を拒否する気持ちは全くなく、またそのような態度をとつたこともないが、積極的に夫を性交渉に誘うようなことには女性としてためらいがあつたため、自ら積極的に接触を試みることはなかつた

ことがそれぞれみとめられ、反訴被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前記証拠にてらすと採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

夫婦は生殖を目的とする結合であるから、夫婦間の性交渉は極めて重要な意味を持つものであり、それは反訴原告と反訴被告のような結婚届前の事実上の夫婦についても異なるところはないから、夫婦間、特に本件のような新婚当初の夫婦間に性交渉が相当期間全くないのは極めて不自然、異常であり、もしそれが本件におけるように、もつぱら夫の意思に基づく場合には、妻に対し理由の説明がなされるべきである(理由いかんによつては妻の協力がえられることがあるであろうし、なんといつても妻の不安、疑問、不満を除くために説明が必要である。なお右認定のように反訴被告は性的不能者ではないのであるから、結婚式後、反訴原告と性交渉を持つことは可能であつたといわざるをえない。それにもかかわらず右認定のように性交渉をもたなかつたのは、恐らく自分が包茎であることを気にしたためと思われる(反訴被告はその本人尋問において反訴原告の健康を気づかつて自制したと述べるが、反訴原告の病気も重いものではなかつたこと、性交渉をもたなかつた期間が長いこと、性交渉だけではなく、接吻などの接触もしていないことにてらすと、右尋問の結果部分は信用できない)。このような場合こそ理由の説明が必要であり、また理由の説明で解決がはかられる場合である)。

ところが新婚初夜以来、反訴被告が何等理由の説明なしに、性交渉をなさず、そのため反訴原告が不安を募らせ、別居、そして婚姻破綻に至つたことは前記のとおりである。

そうすると反訴原告と反訴被告間の婚姻破綻の主な原因は反訴被告側にあるといわざるをえず、反訴被告は反訴原告に対して慰謝料支払いの責任を負うが、その額は前記認定の事実すべてを考慮すると、金一〇〇万円が相当である。

四結論

よつて本訴、反訴における各離婚請求を認容し、本訴における慰謝料請求を棄却し、反訴原告の反訴における慰謝料の請求は金一〇〇万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官上杉晴一郎)

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